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ケレゴルム&クルフィンのオロドレス救出戦(HoMe11)

 自分用メモ代わりに、HoMe11よりケレゴルム&クルフィン兄弟によるトル・シリオンのオロドレス救出戦のことなどを。以前ツイッターでつぶやいたことの再まとめのようなものです。
 
 偶然に中つ国wikiのクルフィンのページのコメント欄で上記のことが書き込まれているのを見て、え、そんな話あったの?と確認してみたらば、ホントにちゃんと記述がありまして、中々印象深いエピソードなのでメモしておこうかなと。
 
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 該当箇所はHoMe11、The Grey Annals(灰色年代記)の§153(p.54)で、物語の流れとしてはダゴール・ブラゴルラハでアングバンドの包囲が破られた直後のことです。このモルゴスの急襲でアグロンを守備していたケレゴルムとクルフィンも敗北し、生き残りの部下の騎手たちとともに西へと脱出します(§148, p.53)。
 同時に、アングバンドの包囲を破ったモルゴスは、サウロンを指揮官としてシリオンの谷間へと大軍を差し向け、オロドレスが守るトル・シリオンの城砦ミナス・ティリスを包囲します。激戦の末ミナス・ティリスは奪われ、オロドレスは砦を追われて討死せんとするところでした。
 そこに、東からやって来たケレゴルムとクルフィンが部下の騎兵と集められるだけの軍勢と共に現われ、奮戦して戦いの流れを一旦押し留めます。その隙にオロドレスは脱出してナルゴスロンドへとたどり着き、ケレゴルムとクルフィンもまた僅かな部下とともにナルゴスロンドへと逃れて来ます。そこでこの二人の兄弟は感謝をもってナルゴスロンドに迎え入れられ、「その時はフィナルフィン王家とフェアノール王家の間にあった悲嘆が忘れられた」ということだそうです。
 
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 上記のエピソードを読んで、ケレゴルムとクルフィンがなぜすんなりとナルゴスロンドに迎え入れられたのか、かなりすっきりと補完できる!と嬉しくなったのですが、残念ながら刊行版シルマリルには反映されなかった設定のようです。なぜこれが省かれてしまったのかというと、おそらく年代設定の変更によるものかと思われます。この灰色年代記では、ダゴール・ブラゴルラハの時系列が455年のアングバンドの包囲の崩壊の直後にミナス・ティリスが陥落しているのですが(そしてその翌年にフィンゴルフィンが一騎打ちを挑んで討ち死にします)、刊行版シルマリルでは包囲の崩壊からフィンゴルフィンの死までが一連の流れとなり、その2年後にミナス・ティリスが陥落する、という流れだからです。包囲が崩壊し、東から撤退して西へとやってきたケレゴルムとクルフィンが通りがかりようが無いわけですね。(灰色年代記の原稿による時系列の変更についてはp.125の解説でも説明されています)
 ただ兄弟のナルゴスロンド入りを説明する上では非常に分かりやすい流れではありますし、彼らがその後ナルゴスロンドの人心をどう掌握していったかというところまで想像を巡らせることの出来るエピソードなので、なんだか削られてしまったのは実に惜しいな…と。カランシアのハレス救出みたいに、ちゃんといいとこあるじゃねーか!という話なのも惜しい。

 余談ですが、この時ケレゴルムとクルフィンが率いていた騎兵(riders)たちですが、§148(p.53)の記述によると、彼らは「大勢の騎乗した射手たち(many horsed archers)」を有していたようで、オロドレス救出戦で活躍したのも弓騎兵部隊だったのかな、と(谷間の戦いでは少し戦いづらそうですが…)。なんとなく源平の時代の日本の武士みたいな感じをちょっと想像してしまった。
 
 また、この灰色年代記ではフィンウェ王家の人物名がまだ少し違う名前で、フィンロド→イングロール、フィナルフィン→フィンロドとなっていたり、フェアノール家の七兄弟もマイズロス→マイドロス、ケレゴルム→ケレゴルンだったりと少々読んでいてややこしいかもしれないです(特にフィンロド関連)。(今回の記事では、人物名は刊行版シルマリルに合わせてあります)
 
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◆前回の日記に拍手をありがとうございました!
 今年もどうか宜しくお願い致します。
 

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